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ネット選挙

インターネットを使った選挙が解禁になった。
インターネットの普及は本当に便利で
ネットの中ではだれでも
多くの情報に触れ、多くの人の考えを知り
また自分の考えを発信することができる。

しかし、ネットの中の情報は
根拠のある正しいものもあれば
噂話程度の根拠のないもの、
時には悪意に満ちたデマ情報さえもある。
発信者自体がその情報の出所を確認し、
公正な見方で書いていると
常に保証されているわけではない。

私は長年、地域の新聞を発行してきた中で
一つの情報を多くの人々に発信することが
どんなに責任の重い大変なことかを
身をもって感じてきた。
だからこそ、一つのことを書くのにも
基となる情報の出典を確認し、
できるだけ公正に客観的事実に基づいて書くよう
努めてきた。

しかし、現在のネット社会は
そうした規範を持たなくても
だれでも思ったことをそのまま発信できる
よくいえば自由、
反面、なんの基準もない無法地帯でもある。

だれかがだれかの一方的な悪口を書いたり
自分の思い込みに基づく間違った情報を事実のように書いたり
時には意図的に自分と対立する人々を貶めたりする、
悪意のある人がやりたい放題の怖い世界でもある。

しかも、ネットの中の情報は、
一度投入されてしまうと
次から次へとつながり、広がり、拡散されて
二度と完全回収はできない。
「拡散希望」と、あえてそれを狙う手段さえある。

こうした中で、選挙にネットの使用を取り入れることは
本当に大きなリスクを伴うことだと思う。

ネット社会へのツールを真っ先に取り込んだ一部の人々が
常に正義の味方であり、公正な書き手であればよいが
時にはある意図を持った人々が
自分と意見が相いれない人々とを対立構造の中において
(もちろん、自分は常に正義の味方)
相手への攻撃を書き連ね、
議論を用いずに相手にダメージを与える手段にすることすらある。

「裏情報」が常に隠された真実であるわけではない。
根拠のない誹謗中傷が選挙の基準であってはならない。
こうしたネットへの書き込みや対応が、
議員の仕事の最も重要な部分であったり、
一日のうち最も時間を割くことであってはならない。

それよりも、何よりも、
議員には市や県や国の様々な施策、
福祉や教育や基盤整備や環境等々について
現場を調べたり、予算配分の状況を質したり、
地域の行事等に参加して市民の生の声を聞いたり、と
やることがまだまだたくさんあるのではないか。

情報があふれる時代、ネット利用者には
情報を見極める力が求められている。
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メディアの使命

今朝入って来た「月刊千葉ニュータウン」の記事はひどかった。
板倉氏が大勝した選挙の結果を受けて、
これまで8年間の山崎市政を全否定する立場で
発行人の武藤弘氏の意見を大々的に記事として掲載している。

武藤氏は、今回の選挙で板倉氏側を支援した北総線運賃値下げ裁判の会に属しており、
紙面の言い分は、まさに板倉氏陣営の言い分そのものであった。
これが逆の結果であったら、また別の記事を載せたのであろう。

仮にも地域の新聞を名乗る立場なら
山崎市政が成し得なかった課題や問題点を今後のために指摘するのはともかく、
山崎氏が進めてきたことの評価は評価として認めるべきではないか。

現在、千葉ニュータウン地域を包含する地域紙が同紙のみであることから、
私は同紙の前号に、期待を込めて、地域の新聞としての活躍にエールを送ったのだが、
この号はとても新聞とはいえない。ある団体の一方的な機関紙である。

山崎氏が成してきたことの一例をあげる。
<北総線の運賃問題>
 北総線の高運賃が市民の生活を圧迫し、
地域の発展の阻害要因になっているのは事実である。
これに対して、山崎氏は何もしてこなかったのか。

――いや、山崎氏は、行政として初めて、この問題に本格的に取り組んできた。
 ニュータウンで育った子どもたちが、高校生、大学生になり、
高い通学定期が市民世帯の家計を圧迫していることから、山崎氏は、
白井市、印旛村、本埜村に呼び掛け、平成17年から通学定期助成を始めた。
この助成で通学定期が25%割引になり、助かった家庭も多かったのではないか。

 そしてさらに一昨年の平成22年には、千葉ニュータウン地域の市村のみで負担を負う
通学定期助成から,県と沿線6市、鉄道事業者が負担金を出し合っての運賃値下げへと、
着実に運賃問題への取り組みを進化させてきた。

 ちなみに市単独の通学定期助成では、4年間で6億6800万円、運賃値下げのための補助金では4年間で4億500万円と、市財政への負担は2億6千万円も軽減しながら、
値下げの恩恵を受ける層は、高校生、大学生のみから、私立中学生や22歳以上の学生、
専門学校生など確実に増やしている。

 運賃問題の根本的な解決は確かに必要であり、今後も取り組んでいくべきだが、今現在、
学費の他に高い通学費で苦しんでいる市民家庭にどう対処していくのか。
板倉氏の今後の政策に注目したい。

<印旛高校の移転問題> 
 武藤氏は、「もともとニュータウン内に用意されていた高校用地を、県が『高い』という
理由で嫌い、代って市街化調整区域の市有地を指定してきたのを認めておいて、
民間病院にニュータウン内への立地を条件づけるのはスジが通らない」と述べているが、
この論調は、まさに、市街化調整区域へ進出を希望する病院事業者を強く後押ししていた
板倉氏側の言い分であり、事実誤認もはなはだしい。

 高校問題は、ニュータウン事業に伴い高校生が増加する印西市内のニュータウン地区に、
県全体の少子化と高校再編の問題がからんで、ニッチもサッチもいかなくなっていたのを、
山崎市長が、市有地への有償誘致という形でようやく実現したものである。

 印西市内にはもともと3カ所の高校用地が予定され、ニュータウン事業の進展に合わせて
整備される計画であったが、ニュータウン事業が遅れ入居が進まず、高校の整備に取り掛かる前に、県全体で少子化が進み、高校の新設ができなくなるどころか、今ある県立高校も再編統合が行われる状況になってきていた。

 高度成長期に成田線沿線にどんどん建設された県立高校も統合される方針となり、
木下の印旛高校も統合対象になるということから、10数年前、窮余の一策として、
印旛高校のニュータウン地区への移転が、当時の新政会から提案された。

 この提案を受け、県では何とか新高校を千葉ニュータウン地区に、と計画を進めてきたが、
事業評価で県の新規事業はどんどん廃止の方向となる中、ニュータウン内の高校予定地を
購入し、さらに校舎ほかを新設する計画は認められず、実現が不可能な状況となっていた。

 この打開策として、山崎市政がニュータウン事業区域隣接地に所有していた市有地を提案することで、ようやく県立印旛明誠高校の新設が可能になったのである。

 これは、県立高校の新設が不可能な状況の中での、起死回生の打開策であったのであり、ニュータウン事業が進んできた最近になって、いくつもの私立病院がニュータウン内に
進出を検討している中で、市街化調整区域を望む1病院事業者をなぜ優遇しないのか、などといった話と同列に語るべき話ではない。

<クリーンセンターの移転問題>については、昨日書いたので割愛する。

 いずれにしろ、印西市は過渡期であり、だからこそ多くの難問が存在するのだ。
こうした難問に、山崎市政は実直に、一つ一つ取り組んで来ていた。
 今回当選した板倉氏はこれらの施策のほとんどに反対してきていたが、
運賃問題やクリーンセンター問題等に、それでは実際にどう対処していくのか、
板倉氏の今後の政策を注視していかねばならない。

「月刊千葉ニュータウン」がこうした側面を全く見ずに、
一方面からのみの見方で今回の市長選を断じたやり方は、
事実にふれる機会がほとんどない多くの市民に、
一方面からの見方のみを植え付ける危険なものである。
 武藤弘氏には、今回の記事の猛省を求めると共に、
両サイドからの公平な取材と
読者自身が判断できる正しい情報提供をお願いしたい。

市議選を振り返って

合併後初の印西市議会議員選挙が終了しました。
たくさんの方々の応援をいただいて
無事当選することができ、
気持ちを新たにしているところです。
1220票の重みをしっかりと胸に刻み、
これからも一つ一つ課題を調査しながら
安心して暮らせるまちづくりに取り組んでいきたいと思います。

今回の選挙は、私にとって4度目の選挙です。
千葉ニュータウン地域で10数年新聞を発行していた平成15年、
私は、取材・編集で見てきた地域の良さを生かしながら、
将来の高齢化社会にも対応できる安心のまちづくりを
進めていかねばならないと強く考え、
初めて市議会議員選挙に挑戦しました。

その時は選挙の「せ」も知らず、
説明会の直前に出馬を決意し、
新聞の取材・編集・発行を並行しながら
全くの手探りで一週間選挙運動を行い、
私の懇願で集まってくれた友人たちの努力と皆様の厚意で
460票をいただいたもののあえなく落選。
周囲の方からは、「選挙をなめている」と厳しい指摘を
いただきました。

落選の結果をいただいた時、私は一晩泣きました。
自分が正しいことをしていれば、これまで頑張ってきていれば、
正しいことを訴えていれば、
必ず認められるはず、という思い込みで、
これだけ多くの人たち、心優しい友人たちに
悔しい思い、悲しい思いをさせてしまったということ、
自分のふがいなさ、無知、無力、向う見ず、愚かしさに、
地団太をふみ、床を叩いて泣きました。

2度目は1年後。
5人が出馬した市長選で、議会に3人の欠員ができ
(届出の関係で、改選数は2)、
市長選に合わせて市議補選が実施されることになりました。
選挙運動期間が新聞の発行期間と重なった前回とは違い、
告示もたまたま新聞発行後。
私は、前回応援してくれた友人の一人一人を訪ね、
「もうあんな思いはたくさん」としぶる友人たちに
「今度こそはきちんとやるから」「心を入れ替えて取り組むから」と頼み込み、
ようやく了解を得て、5人が立候補した市議補選に挑戦しました。

市長候補者たちと一緒に駅頭に立ち、選挙カーで市内中をくまなく歩き、
各所で街頭演説を行い…。
おそらく、この時初めて、市民の多くの方に
「まいたいむ北総」という新聞の編集発行者と
「まつお栄子」という候補者が同一人物ということに気づいていただき、
結果は、5,851票という驚異的な票をいただきましたが、3位で次点。
またもや周囲の友人たちを悲しませることになってしまいました。

3度目は平成19年、4年前の統一地方選。
私はこの年、平成3年から16年間発行を続けてきた
「まいたいむ北総」を終刊とし、
初めてフリーハンドで市議選に臨みました。
女性候補の少ない印西市で、さすがに3度目の挑戦、
しかも前回は補選で5851票、次点ということで
地元でも多くの方から「頑張れよ」と言っていただけるようになり
初めてきちんとした選挙らしい選挙をすることができ、
結果は1268票をいただき、24人中5位で当選することができました。
ここまで重ねた落選の反省、もっとこうすればよかった、という後悔の思いが
この時の選挙に集約したと思います。

4度目の今回は、
私が将来の印西地区のために、
少子高齢化が進む中での市民の安心の暮らしのために、
ぜひとも必要と訴え続け、
昨年実現した「合併」後初の選挙。
千葉ニュータウンや旧印西市域、また旧印旛、旧本埜村域など
新聞発行の中で取材に走り回った各所の良さを感じながら
選挙活動に取り組みました。
友人たちの根気と、後援会の方々の寛容、努力
地域のみなさまのご期待、ご協力により
24の定数に40人が出馬する大激戦の中で
貴重な1220票をいただき、
再度のスタートを切ることができました。

これまで4度の選挙を通じてわかったのは
選挙は一人では絶対にできないということ。
まちづくりも一人では絶対にできないということ。
新しい印西市を創っていくのは、
私だけでも、あなただけでもありません。
みんなで新しい印西市、子どもも大人も高齢者も
私たちみんなが安心して暮らせる新しい印西市を
創っていくために、これからも全力を注いでまいります。
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